悲しい記憶

 

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昨日は親戚を訪ねて老人ホームに行き、いろいろお話して楽しい時間を過ごしたのですが、ちょっともやもやすることがありました。

彼女の子供たちは遠方に住んでいて、そうしょっちゅう会いに来ることができないのですが、それは仕方がないと思います。

 

でも、訪ねてきた時には小旅行をしたり、美味しいものをたべに行ったり、親孝行をしています。

かなり高齢なので、ご本人が疲れないかとちょっと自己満足のような気もしないでもないですが、きっと喜んでもらえるという気持ちがあってのことなのでしょう。

 

そんな時に覚えていてくれるようにとよく写真を撮って、アルバムにして渡しています。

認知症がだいぶすすんでいて、どこに行ったとか何を食べたのかとか、その日のことでも忘れてしまうので写真をみると思い出すだろうし、写真をみるのが好きな彼女には良い刺激だと思うし楽しみだと思います。

 

そんな彼女の兄弟が最近亡くなって、体調等考えてお葬式には出られませんでした。

亡くなったと聞いた時はかなり取り乱して、涙されていたようですがやはりすぐ忘れてしまいます。

わたしにも「○○ちゃんから最近連絡ないんだけど、どうしちゃったのかしら」と聞いてきます。

 

今までに数回、彼女が「○○ちゃんはどうしてるかしら?」とたずねて、彼女の娘が「亡くなったって言ったでしょ」と言うやり取りを聞いています。

そのたびに「あら、知らなかった」と彼女は落ち込み涙します。

わたしは聞かれたら嘘をつくのは本意ではないですが「どうされているんでしょうね。体調崩されてるのかしらね。」とか適当にごまかします。

どちらが正しいとかはわからないのですが、90近い歳になり、今までも苦労され悲しいことも沢山経験されて、今は楽しい思い出だけで良いんじゃないかと思うのです。

 

昨日、最近のアルバムも見せてもらったのですが、行楽などの楽しい写真と一緒に、その兄弟の葬儀の写真が数枚入っていたのです。

遺影があって、「○○ちゃんの写真……」と彼女は絶句してしまって、「これはどこですか?」とすぐに他の写真に話題を変えました。

 

彼女の娘の意図がわからないのでさすがにできませんでしたが、思わず彼女がみていない時にその写真だけ抜き取ろうかと思いました。

だって、アルバムをみるたびに悲しい気持ちになられたらお気の毒で。

亡くした大切な人の思い出の写真は手元に置いておきたいものですが、さすがに葬儀の写真とか遺影はあまりいつも目にしたいものではないと個人的には思うのですが…。

 

認知症の人に、この人はこの世にはもういないと覚えてもらうのは難しいんじゃないかと思います。

確かに何度も同じことを聞かれる方にとっては、何度も同じことを説明するのも大変なので何とか理解してもらいたい気持ちもわかります。

実際、わたしの母も亡くなっているのだけれど彼女は認識していなくて「○○さんはお変わりない?」といつも聞いてくれます。

亡くして日が浅い頃は、かなりつらいものがありましたが「ええ、おかげさまで。なかなか伺えなくてすみません。」というようにしています。

 

とにかく彼女には、いろんなことを覚えていなくても楽しく一日を過ごしてほしいなと思っています。

ホームの職員さんも「5分おきぐらいに同じことをおっしゃっていますが、穏やかで暴れたりすることはないので助かっています」とおっしゃっていました。

 

まだ、認知症の初期の段階だったらつらいことでも記憶できるようにするのも治療になるのかもしれませんが、ちょっと今回の件は疑問に感じてしまいました。

 

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